2026.07.26アロマ de ポジティブ

忙しさ、食べることが時に心の穴を埋める

― 精神医学でいう「代償」という視点

私は昔、仕事がとても忙しかったにもかかわらず、
週末になると必ず予定をパンパンに入れて、
あちこち飛び回っていた時期があります。

当時は、せっかくの休日に
家にいるともったいないと思っていました。

でも、精神科医としてしばらく学び、
後であの頃の自分自身を振り返ってみると、
あれは何かに向き合いたくないから、
だったのではないかと思うようになりました。

静かに過ごす時間を避けていたのかもしれないし、
家を掃除しなきゃ、ご飯を作らなきゃという
自分で勝手に決めた目標のようなものを
避けていたのかもしれません。


精神科で言うところの、「代償」

精神医学には、「代償」や「防衛機制」という
考え方があります。

私たちは時に、不安や孤独、喪失感、虚しさ
といった苦痛から心を守るために、
無意識のうちに何か別の行動へ向かうことが
あります。

予定をぎっしり詰め込んでしまう
気づくとずっと何かを食べている
一人でいる時間が耐えられない

もちろん、予定が多いことも、食べることも、
それ自体は悪いことではありません。
充実していると考えられますし、
美味しいものを楽しむことは、
人の喜びの一つです。

100%楽しめていればいいのです。

しかし時に、こうした行動が、
心を守るための代償的な行動として
現れていることがあります。

代償的な行動とは、
心の中にある不安、孤独、喪失感、自己否定感、
虚しさ、怒りなど、
直接向き合うことがつらい感情を、
一時的に別の行動によって和らげようとする働きです。

例えば、
予定を目一杯入れて、一人で考える時間をなくす。
お腹が空いているわけではないのに、
食べ続けてしまう。
買い物やSNS、仕事に没頭し、心の苦しさを
感じないようにする。

行動だけ変えても、根本が残ることもある


なんで予定をこんなに入れてしまっているのだろう?
なんでこんなに食べてしまうのだろう?

では、予定を入れなければいい、
食べなければいい

とそう単純な話でもないのですよね。
根っこにある感情が置き去りになると、
別の代償的な行動へと形を変えて
現れることもあります。

心の奥底に、何があるのだろう?
何か、目を背けたいことがあるのだろうか?

だからこそ、
なぜそれを必要としているのか、に
目を向けていくことが大切です。

その根っこにある感情に気づき、
少しずつ向き合えるようになると、
不思議とその行動は
以前ほど必要ではなくなっていくことがあります。

そういう自分はどうなっているか

最後に、じゃあ、私はどうなったのか、
という話をすると、
今の私は、休日に予定をぎっしり詰め込むことは
ありません。

年齢を重ねて体力がなくなったのもあります。
人と比べたり、何かに焦ったりすることもほぼなく
自分のペースで生活しています。

だからなのか、最近はほとんど休日には
予定を入れていません。

香りを作ったり、
寝たりしています。

余白は自分を回復させる時間だと
思えるようになったのです。

と言っても、
つい仕事はしてしまいますね。

行動を無理に変えたわけではありません。
逆なのです。
心のあり方が少し変わったら、
自然と行動も変わっていました。

100%楽しめていればいいのです。
でも、もし、
何か今、変えたい行動がある方は、
なぜそうしたくなるのかを考えてみてくださいね。

今度の、夏の講座
食欲と体重コントロール
でも、そういう話が出てきます。

ちなみに、つい予定を入れてしまう
かつての私みたいな方は、
グランディングの香りがおすすめですよ。

パチュリやサンダルウッドなど。
また改めてその話もしましょう。

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