2020.09.15アロマの知識

香りの歴史⑨〜中世ヨーロッパで活躍したハーバリスト〜

Aroma de Cheerupです。今日のアロマの知識は、中世ヨーロッパで活躍したハーバリスト達についてです。
ハーバリスト?っていう感じだと思いますが、要は植物学者です。

前回、香りの歴史では、中世ヨーロッパのルネッサンスについて紹介しました。
3大発明は、羅針盤、活版印刷、火薬でしたね。
活版印刷のおかげで書物が広まり、植物学の分野でも歴史に名前を残す著者が現れました。

16,17世紀はイギリスの薬草学(ハーブ学)の黄金時代と言われ、ハーバリストと呼ばれる植物学者が活躍しました。
今日はイギリスのハーバリスト達を紹介したいと思います。

ジョン・パーキンソン

1人目は、ジョン・パーキンソン氏(1567―1650年)。

若い頃から薬剤師を目指していて、14歳で見習い薬剤師になるためにロンドンに移住しました。
1596年 自身の庭で栽培している植物の目録を作成
1597年 「The Herbal of Historie of plants」、これは1480ページに及びます。
1640年 「Theatrum Botanicum広範囲の本草学書」。1700ページ以上もあり、3800種以上の植物について解説されていました。
さらに、独自の分類法で植物を17種類に分類しました。(例えば、甘い香りのする植物、毒性のある植物など)
この本は、アメリカに移住したイギリス人によってアメリカ大陸へと渡りました。薬用植物の栽培に役立てたそうですよ。

造園家としても優秀であった彼は、大きな個人庭園を作り、そこには世界中からハーバリストや薬剤師が集まっていました。

ジョン・ジェラード

2人目は、ジョン・ジェラード氏。

元々は「床屋外科」だったジェラード氏。当時は、理髪師兼外科医という仕事があり、ハサミやカミソリで髪やひげを整える以外に、抜歯や膿の治療などをしていました。中でも、瀉血という、わざと出血させる処置もしていたそうです…当時は、病気の原因は血液の滞りと考えられていたからなのですね。

ジョン・ジェラード氏は、床屋外科の仕事以外に、植物に興味を持ち庭師もしていました。彼が残した著「the Herbal本草または一般の植物誌」には、植物の名前、特徴、花の咲く時期、使用方法などが記されています。1,577年からはエリザベス女王の顧問であったウィリアム・セシル氏の庭園の責任者になり、ロンドンに薬物園を開きました。珍しい植物を集めて観察し、研究をし続けました。

ニコラス・カルペッパー

3人目は、ニコラス・カルペッパー氏。

医師でもあり、占星学者でもありました。
自分の健康は自分で守る、自然のままの薬草を使う、ということを主張ました。また、「治療する部位と、似たような形をした植物が効く」という考え方を提案しました。これは例えば、ナツメグの実は二つ対になって実っていてその様子が卵巣に似ているため、女性の疾患に良い、という考え方です。(私はアロマを学んで初めてその考え方を知りました。面白いですね)。

占星術と薬草を使っていたため、「魔術使い」として告発されたこともありましたが、屈せずに研究を続けました。
また、当時の書物はラテン語で書かれたものが多く一般の人々は読めなかったため、ニコラス氏はこれを英訳し、民間の人々でも読めるようにしました。
皆が医者にみてもらえる時代ではなかったため、彼のおかげで薬草としてのハーブの知識を身につけ、助かった人も多くいました。
中でも「The English Physician 英語で書かれた療法」という著書が有名で、この本もまたアメリカ大陸へと渡りました。

ルネッサンスは文化や芸術だけでなく、薬草学の進歩ももたらしました。
活版印刷の技術によって、人々は書物を手に取ることができました。
助かった人も多かったでしょうね。